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ネバダ大学リノ校留学体験談

ネバダ大学リノ校は世界への玄関口!ここで世界への切符をつかもう!

  • 石丸賀久さん
  • 在籍期間:2007年6月〜2010年5月
  • 主専攻:国際情勢学 副専攻:経済政策学

留学前

石丸さんは、日本の大学からアメリカの大学に編入したそうですね。そのきっかけや理由を教えてもらえますか?

きっかけや理由

もともと私は、中学のときから特に英語が得意でもなく、親類の中でも海外旅行経験があるのが叔父だけで、留学などはまったく考えたことがありませんでした。そんななか、隣町で田んぼのど真ん中にある公立高校に進学し、野球や極真空手に没頭していたあるとき、叔父が実家で声をかけてきて、こんなやりとりがありました。「賀久、高校卒業したら大学に進むのか?」「たぶん」「大学で何するんだ?」「遊ぶかな」「賀久、そんなんじゃだめだ。大学に入ってからも一生勉強だぞ。賀久の高校に留学プログラムはあるのか?」「あるよ」「費用は全部出してやるから、留学に行って来い」。このときのやり取りによって、勉強は一生続けるもので、大学は勉強するところであり、自分にも留学するチャンスがあるのだと認識するきっかけになったと思っています。高校の交換留学は結局、面接でYesとNoをランダムに答えていたら、面接官も唖然としておりあえなく不合格となりましたが笑

大学受験を考える時期になって、アメリカの大学進学について考える時間がありました。日本の大学生はバイトやサークルばかりしていて、学業をする環境が弱い。アメリカの大学の方が教養を中心に勉強をしっかりできるため、高校までは日本人の方が学力があるが、大学に入ってアメリカ人に抜かれる、世界の大学ランキングトップ100を見ても、そのうち60校ほどはアメリカの大学で、日本の大学は東京大学すらトップ100に入っていないランキングもある、ということを知りました。ただ、このときは、せっかくの日本文化である大学受験をせずにアメリカに行ってしまうと、日本知らずの日本人になってしまう、周りからも受験から逃げたと思われるのが癪だったので、日本の大学の中でもっとも条件的に気に入った筑波大学に進学しました。

筑波大学はノーベル賞受賞者を3人輩出していることもあり、研究重視の大学ですが、多様な授業を取らせ幅広い教養を身に付けさせる教養重視の大学でした。田舎にあり宿舎が充実しており、かつ東京へもアクセスがよいため、理想的だと思ったのですが、一方で不満もありました。最大の不満は、教育に対する不満です。毎学期いくつかの授業が、教授による無断欠席のためにキャンセルになる。教授はほぼ必ず5〜10分授業に遅刻してくる。試験や課題を提出しても、A・B・C・Dのいずれかしか書いていないため、何が良くて良くないのかわからない。試験や課題ではA評価ばかりだったのに、教授が間違えて最終成績がCにされている。こういった惨状では、まともに勉強する気になれないどころか、学費がもったいないと考え、よりしっかり勉強でき、異文化で鍛えられるであろうアメリカの大学に編入を決意しました。そして、筑波大学では2年間、極真空手に没頭しながら、大学の講義ではアメリカの名門大学への進学も視野によい成績を取り、英語の勉強もし、そしてアメリカの大学に編入しました。

筑波大学は国立大学で費用も安く難関大学だと思いますが、やめることに対して家族からの反対はありませんでしたか?

筑波大学の同級生からは、あいつアホか、交換留学とか大学院留学でいいじゃないか、みたいな意見を聞きましたが、私は無理して筑波大学に残ることの方が人生の無駄遣いと考え、気に留めませんでした。交換留学も検討しましたが、案外魅力的な留学先や留学プランがなく、また交換留学では正規の学生が優先されるため余った人気のない授業しか取れず、どうせ日本に戻ってくるという逃げ道があり生ぬるいため、正規入学することに決めました。また、私の家は母子家庭で、母に筑波をやめてアメリカの大学に行きたいと伝えたときは、最初はやめろと言われましたが、2回目に話したときは理解してくれました。母は中卒で大学のことについてはもともと何も知りませんでしたし、私の意志も決まっていたのでつっこみどころがなかったのでしょうね。

いくら留学したくても、費用が高いと思って留学を断念してしまう人が多いと思いますが、どう工面されたのですか?

私が母に相談したときにもっともびっくりしたのは、費用面です。もともと私の家庭は裕福な家庭とは間逆の厳しい状況にありましたので、留学費用を工面できるなどとは考えてもいませんでした。でも、アクションは起こしてみるものですね。期待していませんでしたが、母はアメリカの大学への進学を了承してくれた。費用も出してくれるとのこと。私の家族は貧しく、親類からのサポートを長年受けていましたので、それを子供の教育のために貯蓄していたんですね。さすがにアメリカのトップスクールは行けないにしても、普通の州立大学なら進学できることになりました。

留学したい人にとっての最大のハードルの1つは、英語力だと思います。どうやって克服したのですか?

英語力

私も、もともと英語は得意科目というわけではありませんでした。中学のときは全ての学期で5段階中4と悪くはないが良くもなく、欧米ネイティブとは20歳になるまで1度も会話をしたことがありませんでした。高校のときには学内で英単語コンテストがあり、400人中トップ5となり表彰されましたが、記憶力がよかったというだけで、全国模試では偏差値40すれすれと高校時代の前半は低迷していました。受験勉強を始めた3年生になってようやく偏差値50、60、70と上がってきて、読解力は付いてきたので全問題が記述式という筑波大学の試験でも解けたのですが、筑波大学に入学して直後の公式TOEICのスコアは505点(Reading 375、Listening 130)という有様で、お世辞にもまともな英語力がある状態ではありませんでした。英会話については、完全にゼロの状態です。

こんな私でも、留学する1年前にはほとんどの名門大学を受験できるTOEFLスコアが取れたのですが、おそらく秘訣は(1)早くから準備すること、(2)アメリカの大学を卒業すると決意すること、(3)生活をなるべく英語漬けにすること、(4)謙虚にまじめに勉強すること、などといったことが大事だと思います。ほとんどの人が大学留学をあきらめたり挫折したりするのは、手遅れになってから動き始めて、なんとなく留学したいという目的意識しかないからだと思います。これでは大学留学以前に人生なかなかうまくいきません。

とは言え、私も留学する1年前には英語スコアが取れていたので、その後はよそ事ばかりしており、留学開始時には英語力が落ちてしまっていました。なので渡航後はパラサイトと呼ばれ他の学生の迷惑になりながら、授業内容を教えてもらい、また毎日1時間は大学の授業と並行して英語の勉強をして周りにキャッチアップできるよう必死でした。英語をちゃんと勉強しておくことは大学生活における最低限のマナーだと思います。TOEFL iBTなら80は取れていないと、話にならないと思います。

アメリカの中にも4,500を超える大学がありますが、ネバダ大学リノ校を最終的に選んだ経緯を教えてください。

確かにアメリカには無数の大学があり、各大学サイトを1つ1つ見ていくのは大変な作業でした。私の場合、アメリカの大学を志したそもそもの理由は日本よりはるかに発達しているアメリカでジャーナリズムを勉強したいからでした。そのため当初はジャーナリズムを勉強できる大学を探していたのですが、その後少し趣向が変わりビジネス専攻にすることにしました。ビジネス専攻はほぼ全ての大学が持っていますので、その中から選ぶのは至難のワザですが、特にアントレプレナーシップに強い大学を探しました。

予算のことがあるので費用が高い大学は時間をかけずに候補から外していけますが、それでも他の大半の大学の費用は大して変わらないわけです。また、いかに費用を抑えられ、かつ教育や環境面での質が高い最善の大学を選ばなければなりません。私の場合、最初に候補から外したのはカリフォルニア州など西海岸にある大学です。質の割りに費用は高めになり、日本人学生が多いからです。また、今度はまた費用面で東海岸の大学も外しました。さすがにニューヨーク州立大学は費用の割りに質が高いため迷いましたが、最終的には受験を見送りました。

最終的に受験した大学は、ネバダ大学リノ校はもちろんですが、後はインディアナ大学ブルーミントンとミズーリ大学コロンビア校、そしてカナダの大学1つです。幸いどの大学からも合格通知が届いたので、非常に迷ったのですが、最後はネバダ大学リノ校にしました。当時私は経済雑誌の日経ビジネスを発行している日経BP社のオンライン部署でインターンシップをしており、そのときの経験により将来はやはりメディア系、特に高校の頃から希望していた政治部の新聞記者になるという希望が再度湧き上がってきました。そのため、ビジネス専攻ということで受験はしていたものの、合格した中からジャーナリズム専攻に変更できる大学に進学することにしました。カナダの大学以外の3大学はジャーナリズムでもトップレベルにあり、特にミズーリ大学コロンビアはニューヨークのコロンビア大学と双璧をなすジャーナリズムの最高峰ですが、審査基準が異なるため再受験をするよう言われてしまい、またインディアナ大学は世界の大学トップ100の常連ですが、費用の割りにはジャーナリズムではお得感が弱いため候補から外しました。そのため、最終的に当時質の高さと費用の格安さにより"Best Buy"と評価され、ジャーナリズムで全米屈指の大学であるネバダ大学リノ校に進学することにしました。

大学生活

アメリカの大学は日本の大学より勉強が大変と言われますが、実際どうでしたか?

大学生活

やはり、予想したとおり勉強量は多く、毎日教科書100〜200ページを何度か読んで、課題を終えて毎日大学に帰ってこなければなりませんでした。当然毎日が勉強中心の生活になります。ただし、勉強量だけ見れば、毎日こつこつ勉強できる必要はありますが、筑波大学でもいい成績を取るならそれなりに試験前には勉強しなければならなかったので、それほど大差はないと思います。むしろ、学習環境や生活環境など質の面では期待以上にすばらしい大学でした。キャンパスは広くて快適で、キャンパスのどこでもWiFiが完備されておりパソコンでどこでも勉強でき、また図書館などにところ狭しとデスクトップ型パソコンやWIFI完備の学習スペースがあり充実していました。蔵書もたくさんあり、またオンライン上で利用できる論文データベースが膨大で、論文作成の際などに大変便利でした。ライティングセンターでは稚拙でネイティブには読解不能の文章を直してくれるので、留学開始当初からエッセイ課題の提出でもまともな成績が取れました。

一番感動したのは、教授の方々の教育に対する熱心さですね。大抵の場合は教授が一番最初にクラスルームに来ていて、授業時間の開始とともに授業が始まり、授業もよく準備された状態でなされ、毎授業の学生と教授の間の質疑応答は白熱します。別にハーバード大学のマイケル・サンデル教授風の白熱授業は、ネバダ大学リノ校でも似たような形で行われているんですね。課題の提出時も、教授がコメントをびっしり書いてくれることが多いので、何がよくて何が悪かったかが1目で理解できます。中間テストや期末テストの答案も丁寧に採点してくれ、またコメントもしっかり書いてあるので、成績の付け方が主観的すぎて不満に思うこともほとんどありませんでした。当然ながら、このような教育が毎日受けられるわけなので、勉強は大変ではあるものの楽しくて仕方がありませんでした。

いろんな授業を受けたと思いますが、特に印象に残っている授業はありましたか?

印象に残っている授業ですか?挙げだしたらキリがないですね笑 特に印象に残っていて私の残りの留学生活を決定付けたのは、中国史の授業ですね。いつも学生の自発性を大事にしてくれたハーバード卒の教授が教えてくれる中国史のゼミのクラスでした。入学して半年後の学期でチャレンジ精神の結果履修してみたのですが、英会話力が極めて低い私でも毎回積極的な発言が求められ、さらに毎授業論文の提出が義務付けられていて非常に苦痛でした。でも、同じクラスに優秀な日本人の先輩がいて、他の学生と果敢に論を闘わせていることに憧れ、私もあんな風になりたいと思いながら必死で授業に参加していました。彼は次の学期でカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)に編入していきましたね。

ある日の授業後に、ネバダ大学リノ校が運営している交換留学プログラムで中国の成都に留学を検討していますと、その教授に相談しました。私は編入でネバダ大学リノ校に入学していることもあり、すでにElective(選択性単位)の授業を十分すぎるほど履修済みであり、交換留学プログラムを使うとまた交換留学先で卒業に関係ないたくさんの授業を取らなければならなくなってしまいます。そこで、卒業までの期間が延びる可能性を覚悟してでも交換留学するべきかについて、相談したのです。すると、その教授は即答して「関係ないだろ。大事なのは教育なんだから。」と。私自身、たかが学歴に縛られない生き方をするつもりで生きてきましたが、ハーバード卒で世界最高の教授や同僚の中でもまれてきた教授の言う一言は、私の心に突き刺さりましたね。彼の一言で、私は交換留学で世界に飛び立つ気持ちに迷いがなくなったことを覚えています。

今の話ですと、交換留学で中国に行ったという話ですが、アメリカの大学にも交換留学があるんですか?

もちろん、アメリカの大学にも交換留学プログラムはあります。大学にもよるでしょうが、むしろ、日本の大学なんかよりはるかに大規模で充実していますよ。交換留学プログラムはある2つの大学が同数の学生を交換するのが普通なのですが、例えばアメリカと日本ですと、アメリカに行きたい日本人はいくらでもいるんですが、日本に来たいアメリカ人はほとんどいないんですね。だから、交換留学プログラムが形骸化しているか規模が小さいことがほとんどなのですが、アメリカ人を受け入れたい大学はいくらでもあるので、アメリカの大学から交換留学する分には受け入れ先がいくらでもあるんです。

私もネバダ大学リノ校に入学して初めて知ったのですが、この大学は全米で第6番目に規模の大きい交換留学プログラムUSACを運営していて、さらに私がびっくり仰天したのは、このプログラムには州外学生費用というものが存在しないことです。つまり、ネバダ州の学生と同じプログラム費用で交換留学プログラムに参加できるため、交換留学先によっては卒業までにかかる費用を2分の1、3分の1などに下げることも可能だということです。各交換留学先で取得した単位は、丸々ネバダ大学リノ校の単位に移行できますので、卒業に関係ない余分な授業を取らないといけないため勉強が大変になることを除けばメリットだらけです。私の場合はジャーナリズムを勉強したいためにネバダ大学リノ校に進学したものの、渡航後にカリキュラムを検討した結果最低でも卒業までに4年かかるカリキュラムだとわかったため、編入生でそこまで時間をかけていられない私は専攻を変えることが喫緊の課題でした。ですので、ちょうどよいと思って交換留学プログラムにもっとも都合のよい国際関係学専攻に変更しました。そして、交換留学先にない授業はネバダ大学リノ校の近隣にあるトラッキーメドウズコミュニティカレッジのオンライン授業を履修して補いました。

なるほど、交換留学を活用する手もあるんですね。ところで、勉強以外の時間はどう過ごしていましたか?

勉強以外の時間

ネバダ大学リノ校はリノ市のダウンタウンに面しているので、徒歩で簡単にダウンタウンに行けますし、大学からダウンタウンまで無料のバスも走っています。ダウンタウンには巨大カジノがたくさんあるので、よく友人と食事に行ったりしていました。イベントも年中開催されているので、カウボーイの競技ロデオを見たり、カジノでコンサートやミュージカル鑑賞したり、大学のアメフトの試合を見たり、朝4時過ぎからエアレースを見に行ったり、いくらでもありますね。リノ市ですらあきるような人は、他の町に行けば一瞬であきると思います。

あと、私がしていた活動としては、例えばリノのアートの祭典であるアータウンに参加して日本の演劇の1つを主演したり、大学新聞のコラムニストとして日米文化の違いを論じたり、国際議論クラブを創立して留学生の英語力と議論力の向上を図ったり、ロサンゼルス在住の日本人ジャーナリストから元日本軍捕虜米兵大会に招待していただき日米理解を深めたり、キャリアフォーラムにインターン生として参加して日経新聞を配ったり、各留学先の道場で柔術、極真空手、柔道を学んだり、世界のあちこちを旅行したりしていました。私は最後の学期を8月からスウェーデンに留学し、現地で3単位の授業しか履修しておらず、授業が1月に終わったため実際の卒業は5月になりますので、最後の1年近くは3単位分の授業しか履修していません。その分、それ以前の交換留学期間は各学期で履修可能な最大単位で履修していたので、アメリカ人である今では妻となっている彼女と毎日デートしたり健康増進目的で柔道や極真空手の道場に毎週通う以外は、勉強で手一杯なことが多かったでしたね。

知らない人たちの中に飛び込んで行くのが不安な人も多いと思いますが、どうやって現地の人と仲良くなったのですか?

現地の人と仲良くなるには、まずは最低限英語力をつけること、そしていつもニコニコして相手の話を聞くことが大事だと思います。これはなかなか留学してみないとわからないことですが、英語ネイティブの国に行ったからといって、現地のネイティブが自分に興味を持って友人になってくれるというわけではありません。むしろ、ネイティブのほとんどは留学生に対してまったくもって興味がありません。そこでさらに英語力がないと、面倒だと思われ相手にされません。ですので、まずは楽しく会話できる会話力を身につけ、さらにアメリカ人の多くは議論好きなのである程度の議論に混じることができ、後は笑顔で話をしたり勉強を教えてあげたりするといったことができれば、自然と仲良くなれると思います。授業の内容がわからないから一緒に勉強してほしいなどとクラスメイトに声をかけたりすることでも仲良くなれたりします。おそらく、お互いにメリットある形で自分から近寄っていく態度が大事だと思います。

滞在先は寮滞在でしたか?ハウスシェアなどはしましたか?

ネバダ大学リノ校周辺には、アパートが無数にありますので、滞在先に困ることはないと思います。私の場合は、最初の1学期は大学の寮に住み、その後はアメリカ人がオーナーの家で他の留学生とも一緒にハウスシェアしていましたね。リノはカリフォルニアのロサンゼルスエリアなどとは比較にならないくらいに住居費が安かったので、私の場合は月に$350の2人部屋に住んだり、月$150で友人の部屋の押入れに住むなどしていました。押入れといってもシングルベッドが普通に入りそうな大きさで快適でしたね。ロサンゼルス郊外のサンタモニカカレッジに進学した友人は、同じような住まいだとサンタモニカなら$1,500はくだらないと言っていましたので、ざっと4〜5倍の家賃差があるんだと思います。大学寮の方が費用は高いですが、大学に隣接しているので便利ですね。私の場合はルームメイトがそれぞれ優秀で、卒業後はJALのパイロットになったり、学校経営者になったり、世界最大規模の金融グループでシンガポール勤務になったりしています。いいルームメイトに恵まれたと思っています。

留学して一番よかったことはありますか?

留学して一番よかったこと

留学して一番よかったことは、世界観が変わったこと、知的体力がついたことでしょうかね。やっぱり、日本はほぼ日本人しかおらず日本文化しか存在しないようなものなので、「当たり前」の範疇が狭いと思います。でもアメリカでは、アメリカ人自体が千差万別ですし、世界中から優秀な学生が集まっています。そういった人たちと出会い交流することで、世界観は変わりますね。例えば、私の中国留学でのクラスメイトに、全米の大学アスレチックでも類を見ないボクシングの大学チャンピオンに4年連続でなった男がいるのですが、彼がとんでもなかった。ネバダ大学リノ校のボクシングコーチに呼ばれて全額奨学金を受け、毎年チャンピオンになり、余った奨学金を使ってコスタリア、タイ、中国の成都と上海に交換留学しながらボクシングのオリンピック金メダリストや中国の少林寺で学び、その間に交換留学プログラムからさらに奨学金を得ながら留学をしていったというツワモノです。ただボクシングが強いというだけでなく、ユダヤ人だからどうかは知りませんが極めて頭がキレていて、かつ心優しい男でした。ネバダ大学リノ校は普通の州立大学かもしれませんが、こうした優秀な学生が多くて大変な刺激を受けましたね。

留学して一番苦労したことは何でしょうか?

一番苦労したことは、インドでのカルチャーショックですね。英語力が足りないとか、勉強が大変だとかは並大抵の苦労かと思いますが、インドのカルチャーショックはすさまじく、心身ともに堪えましたね。詳しいことはあえて語らず、ひとまずみなさんにはインド留学をしてみていただきたいと思いますが、インドのダイナミクスは一度体験されることをおすすめします。哲学でも有名な国ですが、人生観が変わります。私と同時期にインドに交換留学に行ったクラスメイトのほとんどが、到着後1ヶ月以内に途中帰国していったとだけお伝えしておきます。インドでも無数の写真を撮っていたのですが、世界で2番目に高い山K2をトレッキングしていたときにカメラが壊れてしまい、その後もカメラを買っていないので、留学時代を通して私の写真は残念ながらほとんど残っていません。

後は、スウェーデン留学のときの勉強が大変でした。スウェーデンはアメリカと異なり試験の結果がほとんど全てなのですが、私が履修した中級マイクロエコノミクスは異常なまでに難しかったです。この授業で取得する3単位が、私がネバダ大学リノ校を卒業するために必要な最後の単位だったのですが、実は留学先大学の中で経済学部は大学の看板学部で、その中でももっとも難しい授業ということでした。年間で4回試験を受けられるタイミングがあり、どの回であっても100点中60点取得できれば合格となり単位がもらえるのですが、各回の受験者の平均点数が25点前後。私が最初に受けたときも25点でした。教科書に出てくる内容すら問われない、はるかに難しい内容で、毎年50人以上が繰り返し受験しても、そのうち2、3人しか合格しないという無茶苦茶な授業でした。教授のオフィスに毎日足しげく通いながら試験勉強に明け暮れ、ようやく次の回で合格しました。この回で不合格だったら、私は今でもネバダ大学中退ということになっていたと思います。ネバダ大学リノ校でだけ勉強する人は、これほどにはならないと思いますので安心してくださいね笑

最後に、アメリカに大学留学する人に対してアドバイスをお願いします。

アメリカの大学に進学するということは、日本の教育のレールから外れることになるので、先がよく見えず大きな不安を感じる方がほとんどだと思います。私も、筑波大学に進学することはレールの上のことなので何の不安も感じなかったのですが、ネバダ大学リノ校に進学するときには先が見えず不安でした。でも、考えてみてください。アメリカの大学の学生だって、約50%の学生は卒業していくわけです。日本人には学力がある人が多いので、アメリカの大学にいる学生全体の上位50%に入ることは決して難しくありません。むしろ、ただ卒業すること以上のどのような形で卒業できたかが大事です。卒業した後の人生の目標に向かって、どれだけアメリカの大学生活を充実したものにできるかということに全力を尽くしていただければよいと思います。ネバダ大学リノ校では、それを可能にするとことん充実した環境が揃っています。

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